やあ、また会ったね。なんだい、また私の話を聞きたいのかね。私の昔話に興味を持つなんて、君もなかなか<好奇心/Curiosity>が旺盛だね。いいだろう。また古い話になるが、それで良ければ聞いてくれたまえ。
先日は<ネクロポーテンス/Necropotence>をネタに、ドローについて話したね。今回はドローの魅力に取り憑かれた哀れな男の話をしようか。この前話したとおり、手札を増やすことは優位性確保の手段として有効だってことは分かってもらえたと思う。ただ、これから話す男は、そのドローの力に魅入られてしまったんだ。注意を促す意味で、一つの教訓として君に聞いてほしい。
1,”破滅前夜”バーンデッキ時代
私がいつものようにクリーチャーに+1/+1カウンターを置くのに躍起だったころ、その男はバーンデッキを使って好成績を上げていた。<火炎破/Fireblast>のダメージを<名誉の道行き/Honorable Passage>で反射されるのが一番シビれるよね、という言葉が印象的だった。そう、ビジョンズというまさに幻視のようなセットが世に出たころだったよ。当時は誰におびえることなく<稲妻>と<火葬>を4枚ずつデッキに入れてよかったんだ。
<火炎破/Fireblast>
(4)(赤)(赤)
インスタント
あなたは、火炎破のマナ・コストを支払うのではなく、山を2つ生け贄に捧げることを選んでもよい。
クリーチャー1体かプレイヤー1人を対象とする。火炎破はそれに4点のダメージを与える。
こんなひどいカードが4枚入っているのだ。3ターン目には4ターン目に<稲妻>、<稲妻>、<火葬>、<火炎破>、<火炎破>で17点本体、ということがよくある時代だった。実に品がないねえ。引いたカードを本体に打ち込むだけのデッキだ。しかし、悔しいが単純であるがゆえの強さがあった。いやあ、私の"ターボ・トリスケリオン"では太刀打ちできなかったさ。
ドローとは無縁の赤単バーンを使っていた彼に転機が訪れるきっかけは、ウェザーライト発売だった。<ジェラードの知恵/Gerrard's Wisdom>という、露骨なバーンデッキ対策カードが投入されたのだ。インタビューに答えるIT企業の若き指導者のようなイラストが印象的な、ヒゲデッキ(イラストにヒゲが生えているカードしか入れられないファンデッキ)に必須の1枚だったよ。
<ジェラードの知恵/Gerrard's Wisdom>
(2)(白)(白)
ソーサリー
あなたの手札にあるカード1枚につき、あなたは2点のライフを得る。
当時のストーリーの主人公、ジェラードさん
一般的にライフゲイン系カードは、盤面に影響を及ぼさないため弱いとされるが、たった1枚で火力3~4枚分に相当する回復量を発揮するこのカードは、バーンデッキの急伸に大きなブレーキをかけた。白がメインのデッキであれば、ウィニーにすら投入されたという現実は、逆に言えば当時のバーンデッキの隆盛ぶりをうかがい知れるだろう。
今までザコ扱いしていたライフゲインカードにしてやられてという事実が、彼を一段と打ちのめしたのかもしれんね。1枚で最高の火力を誇る<ボール・ライトニング/Ball Lightning>でさえ、6点しかライフを削れない。一方<ジェラードの知恵>は正しく運用すれば8~12点のライフを供給する。彼は不公平だと嘆いていたよ。それで、とうとうバーンデッキを<解体/Deconstruct>してしまった。
2,”破滅の始まり”コントロールへ転向
それから彼は人が変わったかのように、コントロールデッキを使うようになった。<火葬>だった2マナ域は<対抗呪文/Counterspell>や<衝動/Impuls>に、<火炎破>は
アライアンスがスタンダード落ちする前にブースターが定価を超えた原因
ドローカードとの出会いもその頃だ。当初は<ジェラードの知恵>の効率を上げようとドロー系カードを使っていた彼も、やがて気づく。手札が多いって、スゴイ、と。
バーンデッキを使っていた頃は、4~5ターン目には手札なんてほとんど残ってなかった。しかし、今は違う。手札が少ないと何もできない。相手に何かされたら対処のしようがない。だが手札さえあればどうにかなる。それどころか、手札が多いだけで相手は「打ち消されるかも」と臆するのだ。手札を使わずして相手を沈黙させられるだなんて、手札が多いって素晴らしい!
彼は少しずつ変わっていった。"テンペスト"が発売されてからというもの、彼は<ミューズの囁き/Whispers of the Muse>に夢中になった。手札を失わずに手札を増やせるという事態に興奮していた。それで1ターンに3度もバイバックしては悦に入っていたよ。手札の<転覆/Capsize>を同じだけ打てば、相手は投了するであろう状況でも、彼は<ミューズの囁き>のバイバックを止めなかった。
<ミューズの囁き/Whispers of the Muse>
(青)
インスタント
バイバック(5)(あなたがこの呪文を唱えるに際し、あなたは追加の(5)を支払ってもよい。そうした場合、その解決に際し、このカードをあなたの手札に加える。)
カードを1枚引く。
あるとき、バイバックのし過ぎで手札が9枚になった彼に言ったことがある。「おい、そんなにカードを引いてもディスカードするだけだぞ。いいか、手札は7枚までだ」と言うと、彼はうつろな目で薄笑を浮かべてこう返したんだよ。「え?だってカードが引けるんだぜ?」と。
それで私は悟った。もう、4ターン目に元気よく<火炎破>を2発撃っていた彼の面影はなかった。いつしか<ジェラードの知恵>はおろか平地さえもデッキから姿を消し、島以外の土地はマナを出すのか?などとうわ言を口にするようになった。
3,”破滅の成就”ウルザズ・サーガ発売
彼はいつしか、勝つことよりもドローすることに快感を覚えるようになったのだ。さっきのデュエルで40枚ドローしたぜ、とか、相手の手札が1枚の時、俺の手札は10倍あった、とか、そんな話をしょっちゅう聞かされるようになったよ。仲間内では、彼とデュエルするときは<偏頭痛/Megrim>を入れろ、という妙な流行が生まれた。結果、勝率はバーンデッキの時より下がったが、彼はお構いなしだった。そしてついに、"ウルザズ・サーガ"の発売となったわけだ。
<天才のひらめき/Stroke of Genius>
(X)(2)(青)
インスタント
プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーは、カードをX枚引く。
本家の
そう。あのカードが収録されていたんだよ。<天才のひらめき/Stroke of Genius>が、彼のデュエリスト人生にどんなインパクトを与えたか、想像に難くないだろう。それまで6マナで1ドローだった彼の発した言葉が忘れられない。「お、おい、マジックって何マナまで出していいんだい?」
残念ながら、DCIや政府は当時、出せるマナの量や引いてよいカードの枚数に規制をかけていなかった。彼は引きたい時に、引きたいだけカードを引いたよ。相手のターンエンドにフルタップしてひらいてしまうものだから、レスポンスで<沸騰/Boil>を良く食らっていた。でも彼はそれが一番シビれるんだ、と嬉しそうだった。
相手の戦場に何もなくなることも珍しくない
そうなると病状はさらに悪化し、「そんなにカードを引いたら体に悪いぞ」という意見も聞く耳は持ちはしない。もはや自分のライブラリー枚数さえも気にしないでひらめきまくっていた。そしてついに、自分のライブラリー枚数より多いXで、<天才のひらめき>をキャストして負けるようになったのだ。
負けたかったわけではない。彼はきっと、一枚でも多くカードが引きたかっただけなのだろう。しかし、そうなった彼はもう、デュエリストではない。ドロージャンキーだ。やがて彼は誰にもデュエルをしてもらえなくなってしまったよ。そして彼は姿を消してしまったよ。
その後の彼の消息を知る者はいない。もしかしたら、今この瞬間もどこかでカードを引いているかもしれないね。きっと<スフィンクスの啓示/Sphinx's Revelation>でもキャストしながら、<ジェラードの知恵>なんぞ打つまでもなくなった!だなんて喜んでいるだろう。
ドローはあくまでも勝利の手段なのだ。飛車を取るために自分の王将を取られてはいけない。全てのプレイングは、勝利の方向を向いている必要があると思わんかね。まあ、君もこの話を聞いた以上、カードの引き過ぎには注意した方がいい。だから、ええと、なんだ、このターンはその<タッサの使者>の攻撃をやめるというのはどうだね?